2020年3月1日☆ 新コロナヴィルスのことなどⅠ(警告)

昨年の12月8日頃中国で(初出11月17日湖北省)、新型インフルエンザが出始めたという一報が伝わった時から、例年の事ながら「あ~この冬バージョンも始まったなぁ」と思い警戒していました。
昨年の12月8日頃に中国で(初出は11月17日湖北省・55歳住民)、新型インフルエンザが出始めたという一報が伝わった時から、例年の事ながら「あ~この冬バージョンも始まったなぁ」と思い警戒していました。

二十世紀に結核をほぼ撲滅したしたさい「これで人類に致命的な有害バクテリア系の疾病に勝利したなあぁ」と思ってました。(細菌系)

そして次はウィルス系です。しかし、このより細かいウィルス系は電子顕微鏡で観ても、捉え難く、まず、生物であって、生物でない、と言う特性を持ち、さらにDNAやRNAを持たない種類もいて、正体がつかめず手強いなぁと思っていました。

そんな中、保健師になろうとしていた姪から「叔ちゃん、今、エボラウィルスが流行して、怖いんだけど」と相談されましたが、即答出来ず困りました。

エボラの存在は知っていましたが、遠いアフリカの風土病の話で、当分のあいだ日本は関係ないだろうと思ってました。

同じころ「鳥インフルエンザ」が出始め、風邪及びインフルエンザは渡り鳥が媒介するものと初めて判明し、それまで、素朴に考えられていた風邪ウィルスの感染経路が俄然注目され、更にインフルエンザは主にコロナウィルスが原因で、その種類が4ツあると突き止められ、時に形を変えて進化し流行せることも解って来ました。

更には2002年に中国南部、広東省でサーズが流行り始め、これは、いまの中国ではサニタリーやトイレタリーの衛生観念が無いので食い止められないだろうから、いずれ日本にも来るな、と思い警戒してましたが、さいわい52例かの疑いがあったようですが、今となっては発症は無かったようでした。

すると今度は2009年にはマーズが出現して、この辺りから「新興感染症」は逃れられないもの、と覚悟を決めました。そしてこの度「COVID-19」の発症です。政府もこれまでの経験にない事態になり、予防処置をとり学校等の休校に踏切ました。

じつはこの考え方は2002年のサーズの時にわたしが提案したものでした。以前から風邪やインフルエンザが学校で流行ると、児童の出欠にバラつきが出て、授業の進行具合にも凸凹が出来るし、従って各生徒の教科の理解の度合いにも影響も与え、果てはカゼがクラス中に蔓延し学級閉鎖に追い込まれました。

ここで「鶏が先か玉子が先か」です。

しかし、私は職場での風邪の伝播の仕方の順路を観察していて、どうも実態は抵抗力が弱く抗体を持ってない児童の方が先に学校で感染して、各家庭に持ち帰り父兄・保護者に染し、職場に伝播させてると気が付きました。それで職場でも風邪を引いたら率先して休むように提案すると、一部の理解ある部所から実行し始めました。

それまでは風邪を引いた位なら這ってでも出て来いと言う野風族でバカな職場でした。ですからこの度の休校の措置はやむを得ないものとご理解下さい。昨年2月に封切りられた松竹の映画『あの日のオルガン』では学童よりもっと幼い保育園の疎開でした。「愚行も極れば賢者に成らざるを得ん」ウィリアム・ブレイクです。

2020年2月23日☆ 『多賀城市民の歌謡祭』と『阿部応援団』のこと


このたび、歌手で当郵映放送でも若手敏腕プロデュサーして期待されている宗久真紀さんが企画する「第二回多賀城市民の歌謡祭」が今月23日に多賀城市文化センターで開催されます。

昨年の熱気を引継ぎ本年も開催の運びとなりました。これはまさに多賀城市民の文化への関心の高さを物語っていると思います。

いにしえより多賀城の文化の礎を築いてくれたのは、大和朝廷さらに平安朝とこの国の中央文化でした。その文化の流れが現代まで脈々と引き続き継承されているところです。

その京文化を運んでくれたのが、幾度となく多賀城に派遣された、多くの京官吏の高官達で、みちのくの発展と安定に力を尽くしてくれました。

その中の筆頭が多賀城鎮守府将軍「大伴の家持」と言われております。当多賀城市もその縁を大切にして現代まで家持を顕彰しているところです。

また、家持と言えば武家の家柄であり高位の武人であることはもとより、その名声をさらに高めているのが歌人としての業績「万葉集」の編纂です。

万葉集は「勅撰和歌集」と言われ「勅撰」(ちょくせん)とは天皇の命により選ぶということです。その歌集には家持の歌が実に473首もの長歌と短歌が収められています。家持は天皇の歌の召人(めしゅうど)であり、かつ歌人だったのです。※以下が家持のみちのく代表歌で日本で初めて黄金が涌谷の箟岳山から採掘された時の歌

すめろきの 御代栄えむと 東なる みちのく山に 黄金花咲く

そのような脈々と引き継がれた文化の中でこの「多賀城市民の歌謡祭」が開催される運びとなりました。これはまことに喜ばしいことで「人はパンのみに生きるにあらず」とあり人々の暮らしの中に歌謡文化は必須のアイテムです。

歌は私達の暮らしの中に安らぎと豊かな感性やうるおいを与えてくれます、そしてなによも明日への活力を生んでくれます。古来この国には人々の感情を自由に歌で発露する和歌があり、万葉集や古今和歌集が遺されています。それらの趣(おもむき)は現在の歌謡祭にも受け継がれ多くの方々が自由に参加してくださり、各々の歌謡で現代アートを表現してくださいます。

かつて大伴の家持や実方中将、西行そして芭蕉が、和歌や俳諧で残してくれた偉大な日本の精神文化の神髄が、この歌謡祭に受け継がれるかと思うと望外の喜びを感じます。

これで「北のまほろば多賀城」から「歌枕のまほろば多賀城」となり、さらに「歌謡祭のまほろば多賀城」に発展して行くことを心から期待するしだいです。真秀場(まほろば)とは「真に誉めるべき場所」だそうです。

そして、2月9日は松竹阿部勉応援団の新年会でした。今回は昨年12月27日に全国一斉封切りされた『お帰り寅さん』が大盛況で、みんな恵比寿顔です。成果は『アナ雪』と『スターウォーズ』に次いで3位でした。

最近また邦画が盛り返して来た中、このポジションは嬉しい限りです、

当、郵映放送も早くから宣伝を掛けていたので、昨年の『あの日のオルガン』の成功に続き、とても良い成果をあげました。映画の制作宣伝を営業の花形に据えてますので、これ以上の喜びはありません。

昨年に続き上々のスタートを切ることが出来ました。多くの関心を頂いた方々には心より感謝を申し上げます。今月末まで上映中です。まだの方はこれから出かけて頂けると喜びが弥益ます。よろしくお願い致します。

前回に続き作家の「瀬名英明」さんが出てくれて、おまけに何冊かの自著も提供してくださり、さらに、その抽選にわたしの当選番号1がヒットして『魔法を召し上がれ』をゲットしました。瀬名ちゃんとの物書き繋がりに不思議な縁を感じました。もちろんサインもしてもらいました。

また新作のタイトルが『ポロック生命体』だそうです。こちらもよろしくお願いします。


2020年1月1日☆ 映画『お帰り寅さんを観てきました』

明けましておめでとう御座います。 皆さまにとりまして本年はどのような年になるのでしょうか。健やかな一年でありますようお祈り致します。 さらに国内的にはオリンビックイャーでもあります。何かと華やかな年になりそうです。
さて、年末の慌ただしい中、新作『お帰り寅さん』を観てきました。 始めからいうと自然に涙涙の連続でした。約20年前、お正月とお盆に年二回上映されてた寅さん映画は突然終わりました。渥美さんが亡くなったからです。 その二年ほど前から「渥美さんが具合悪いんだ」という話しが仙台に居る私にも伝わっていました。しかし、如何せんどう仕様もなく48作目のエンドロールを観て寅さんに「さようなら」をしました。 当時、50作目まで連作されたら、さらにギネスを更新するのでは、と期待してましたから48作はその目前でした。ですから技術的な進歩があったらもしかして今回のような制作は可能かな、ぐらいに考えていましたが本当に実現するとは嬉しい限りです。 時々、阿部監督の集まりのさいなどで「西田さんで、寅さんを撮りたいと思うけど、どうだろう」などと問い掛けられた時もありましたが、即座に「駄目」なんて言ってしまい、あとで僭越な事を言ってしまったなぁ、と後悔もしましたが、それほど「寅さん」は渥美さんのものだと思ってました。そして、この度蘇りました。 そんな事をフツフツと考えながらスクリーンを観ていると、なんと満男が駆け出しの小説家になっていて、初恋の相手だった泉と偶然に再会します。そして作家の演技も生態そのもので、当たり前ですが、監督は良く観てるなぁ、となにか嬉しくもなりました。これまでまた、満男をテーマに続き物が作れるなぁとも思いました。 それと、あと、みんなが気にしてる、寅さんの所帯の話しで、今回、山田監督は、実は寅さんとリリーさんが、沖縄と奄美で何度も一緒に暮らしてた、と誰もが望む出血大サービスをしてくれて、監督の優しさを感じました。これでメデタシ メデタシで草葉の陰の寅さんも報われたなぁと思いました。 さらに、恋愛に関して実は寅さんは、もうひとりの高倉健さんだったんだぁと思いました。決して口に出して言いませんが、マドンナ達との別れのときは、きっと心の中で「無器用ですから・・・」などと粋に呟いて背中を向けていたんだろうなぁと思いました。 以上、書くと切りが有ません、何時か寅さん映画との出会い、山田監督の事、一緒に寅さんを撮った阿部監督や、仙台の松竹会館さらに阿部監督応援団との運命的な出会いも書きたいと思います。会の活動も早や二十年仙台の映画史の大きな足跡となりました。では新年も松竹山田組阿部勉一家の更なる活躍に繋がる事を祈念致します。

2019年12月24日☆ クリスマス イブ

いよいよイブです。明日は主イエスの降誕日です。 今年も多難で立ち止まった時もありました。そしていろいろな恵や導きもあり感謝しているところです。
さらにここにきて来年のオリンピックイャーまでにと、準備してきたものが徐々に具現化してきて、継続の大切を実感しているところです。 そんな中、エンターテイメンツの話題が楽しいですね。1月には『あの日オルガン』が封切られ、続いて松竹の『男はつらいよ』のプロモーションで楽しませて頂きました。 そうして先月11月にはマーティン・スコッセシ監督の『アイリッシュマン』の宣伝が凄かったです。 写真は冬至に出された南瓜です。実はカボチャは母の大好物で幼い頃からしぬ程食べさせれたので、成人以降は見向きもせずでした。それを知ってるはずの家人が冬至に出したので、これも「出されものは黙って食え」の母の教えに従い箸を進めると「あら、まあ、おいしいね」となりこれならイケるから商品化しょうとなりました。 そして、三陸食品のデザート部門のひとつになりました。これも地方創生の、ひとアイディアです。なんでも商品になる格好のモデルです。多くの自治体の方々のヒントやモチベーション・参考になれば幸いです。ぜひ、「ふるさと納税」のラインナップに載るように、育て行きたいと思います。今後ともよろしくです。 ※「冬至南瓜善哉」の原材料は南瓜・小豆・柚子です あと、クリスマスについて、自分はクリスチャンではないのに、クリスマスを祝うのは、神を冒涜し罰があたるのではないか?と言う方がいますが、そんなことはないそうです。主はどんな人も受け入れ、信じる者を救って下さるのだそうです。 まっ、いまは幸い困ったことがなくても何かあったら信じて心から求めてみて下さい、初めは小さな事からです。きっと天なる父はなにかを与えて下さるでしょう。どんなクリスチャンの方もすべて始めは、にわかクリスチャンです。生まれながらのクリスチャンは存在しません。遠慮なくクリスマスを楽しみ主を讃えてください。 メリー クリスマス ゴット ブレス ユー「あなたに神のご加護が有りますよぅに」では 「よいお歳を」です

2019年11月23日☆ 日常雑記など

なんやかやと仕事に追われて、集中してましたら11月も後半です。 本来であれば22日がケネディ暗殺の日なので、なにかしら報告しなければならんのですが、いま別の仕事も入り面目ないところです。 以前、こう言う時の井上ひさしさんの弁明の仕方はやはり天才的かつ芸術的でしたね。北杜夫さんとも交流がありましたが、北さんは絶対に締切前に出すのが習慣となってましたが、井上さんはなにせ号が「遅筆堂」※ですから、編集者も泣かされ手に負えませんでした。原稿催促の電話に「死んでお詫びします」なんて言うんですから(笑) ※ 井上さんが「遅筆堂」と名乗ったので私は「早筆堂」ソクヒツ堂(スグニカキアゲルドウ)にしました。 また、社会的なニュースでは某国で、ジ・ソミヤか、ザ・富谷か、とかで世間をお騒がせしましたが、結局、全部ガセネタでしたね。一番の恩恵者は日本のユーチューバーさん方のようでしたね。 情報の分析力とかの高さもユーチューバーの方が圧倒的に優れていて、日本のジャーナリズムや評論界はどうしたんでしょう、それとも何かバイアスでも掛かってるんでしょうか? その辺の大根役者よりも当たりませんでしたね。 ついでに「大根役者」の語源は、大根は元々水分が多く味は有りませんが、煮付けなどにするとその分出汁を吸い込んでくれて、けっこう重宝するし、あと多少作り置きして古くなり傷んだ物を食べてもお腹を壊さない、食痛りしないんだそうです。 そこで、いくら興業を打っても流行らない(当たらない役者)を大根役者と呼んだんだそうです。歌舞伎界から来てます(笑) するとこれからは「大根記者」や「大根記事」ってのも有りそうですね。 あと、昨年のちょうど今頃11月16日のこのコーナーに書いた、石巻のサン・ファン・バウティスタ号の今後のことですが、本日の朝日新聞に「なんらかの形で保存したい」と伊達総家18代「伊達泰宗」さんが立ち上がってくださいましたので報告します「さすがだなぁ」と、ひと安心しました。私も出来るかぎり応援します。 もったいないので、解体しても燃やしたりしないで、計画が整うまで一時保管したらどうでしょう。また、台車かコロをつけて五月の青葉祭りに山車として祇園山笠のように引くのです。(大き過ぎますが)(笑う)きっと政宗公も「ホホー わしよりスケールの大きい伊達な発想じゃな」と言ってくれるでしょう。よろしくです。
終わりに、ケネディ大統領暗殺の中間報告で今回分の資料が整いましたので、ご紹介です。少し長くなります。 残念ながら2017年に前倒しを予定をしていた「2039年公開予定」の米国公文書館の資料は世界中から注目されたにもかかわらず、その年にトランプ大統領の「まだ問題がありそうなので2021年まで延期しょう」となり途中で沙汰やみになりました。 ところがエンターテインメント界ではこのチャンスを見のがすはずもなく、注目の新作がNETFLIXで発表されました。以下プロモーションの引用です。読めばどこかデジャヴュー感もあるはずです。まずはお読みください。 兄は大統領、弟は司法長官として権力の頂点を極めたケネディ兄弟の相次ぐ暗殺。絶大な人気の裏で黒いうわさの絶えなかった労組委員長フッファの失踪・・・・・・。自由と平等を愛する国、チャンスの国アメリカの歴史の裏に潜む、もうひとつの真実とは。 イタリアのシチリア島にルーツを持つ犯罪組織、マフィアがアメリカ合衆国に根を下ろしたのは19世紀末から20世紀初頭といわれる。1920年代の禁酒法下、密輸酒ビジネスで巨大な利益を上げた彼ら「ファミリー」は急速に勢力を拡大し、50年代にはキューバの首都ハバナにラスベガスと肩を並べる一大カジノリゾートを形成するに至る。 59年そんな彼らに悪夢が襲った。カストロによるキューバ革命だ。共産主義政権の樹立は、マフィアの巨大な資金源が奪われることを意味する。到底見逃せない彼らは翌年のアメリカ大統領選で民主党のジョン・F・ケネディの訴える対キューバ強硬策を好意的に受け取り、陰で支援したといわれる。 しかし、当選後のJFKは、亡命キューバ人グループによる祖国への侵攻を支援するはずだったピックズ湾事件で空軍の投入をためらい、作戦を失敗に終わらせる。やがて、キューバは完全に共産主義体制に組み入れられることとなり、マフィアが大いに失望したであろうことは想像に難くない。 第二次大戦後、アメリカでは労働運動が大きな広がりを見せ、大規模なストライキが頻発すりるようになっていた。そのなかで頭角を現したのがジミー・フッファだ。全米の物流を左右するトラック運転手組合のトップに立った彼は、敵対勢力排除にマフィアの力を借りる見返りに、組合の年金資金をマフィアビジネスに融資するなど、黒い交際を深めていった。 そんな彼の前にJFKの実弟である。ロバート・ケネディが立ちはだかる。組織犯罪の撲滅に闘志を燃やす若き司法長官は、ホッファの違法行為とマフィアの癒着を次々に暴き出し、ついに彼を刑務所に送る。だがロバートの強硬なやり方は多くの敵を作り、それがケネディ兄弟の命を縮めることにつながったとする見方も根強い。 収監から4年後。ホッファは組合委員長を辞任することを条件に、ニクソン大統領による特赦で刑期を半分以上残して出所。ホッファは大統領選でニクソンを支援し、選挙資金を組合が出すよう刑務所内から手配していたとされる。失った権力に固執するホッファは、委員長の座に返り咲くためにその後も精力的に動くが、75年のある日、こつぜんと姿を消す。 いまだその行方は知れず、殺害されたかどうかも定かではない。ただひとつ確かなことは、ホッファが舞台を去った後も後任の委員長からマフィアへの資金の流れは続いており、すでにホッファは完全に用済みだったということだ。(引用終わり) ※ニュージャージー州のフットボール球場 ジャイアンツ スタジアムに埋められたと噂されFBIが掘り起こそうとした事もあった。 いかがでしょう、私の『J・F・K ダブル スティツ』をお読みになった事がある方には、なじみの文章ではないでしょうか。そしてケネディ暗殺の真相は先に拙書を読んで下さった皆さまのほうがその証人になって頂けるものと思います。 実はこれは11月27日にネットフリックスが全世界同時配信の新作『THE IRISHMAN DAILY』を朝日新聞に出稿した宣伝コピーの一部を転載したものです。ただし、ここまでの内容ではケネディ暗殺の全貌は五合目です。さらなる真相をご理解頂くため、この次回作は私の作品をシリーズ化するのがベターです。 ネットフリックスさん、続きは「J・F・K ダブル スティツ」で制作してください。 最後に、これで「早筆堂」の面目が立ちました。以上です。これからもよろしくお願いします。

2019年10月23日☆ 令和天皇即位の礼など

昨日はめでたくも新天皇の即位の日でした。 お祝いには191もの各国要人が来日し共に寿いて頂きました。これも戦後の昭和天皇ならびにさきの天皇陛下のたゆみない国際社会への貢献の賜物ようです。 無事に式典が執り行われ天に感謝です。 此処のところ、毎週のように荒れ模様の天候で、更に知り合いの被災もあり、やるせない日々でした。 被害に遭れた方々には心からお見舞い申し上げます。 あの3.11を共に経験しましたが、こう毎日のように災害のニュースに接すると、ある程度想定をしていても、インフラ整備などにおいてはさらに認識を変えざるを得ないかもしれません。 特にこのたびの水害においては堤防の決壊が多発し、予めの対策法としてたとへば自衛隊の特科部隊のさらなる増設、または災害救援体制の充実でしょうか。 例として考えられるのは、河川が反乱し洪水が起きてから土嚢を作るではなく、前もってテトラポットや土嚢を集積して置いて、嵐が小康になったらヘリで現場に運ぶのです。ただし、ヘリコプターは雨天では運用出来ませんので、そのタイムラグをカバーする工夫も必要です。 けして災害からの抜本的な解決法ではありませんが、風が衰え雨があがっても、まだ浪々と住宅地や農地に水が溢れのは忍びないです。弥縫策ではありますが一刻を争う現場には、急いだ分多少の減災効果が有るのではないでしょうか。また、いずれ決壊箇所は応急手当をしなければなりません。 救護には水上バイクやホバークラフト・水陸両用車も使えます。あと、これからの河川堤防を構築するさいには、土手道路のセンター地下に、予め鉄鋼の矢板を打ち込んだのち、両側から土を寄せ盛土してから、石垣なりコンクリートでのり面を養生しましょう。こうすれば「蟻の一穴」も「モグラの穴あけ」も防ぐ事が出来ます。 一方、遊水池が有効という見解もあります。規模にもよるのでは?、と思いますがこちらの意義も、ご一考くだされば幸いです。 あと、令和になって喜ばしい事として、今月初めに旭化成研究所の吉野彰先生がノーベル賞を授賞したことです。テーマは化学賞でリチュームイオン電池の研究でした。これまで技術部門は授賞頻度が低かったのですが 、効率的なリチューム電池がCo2削減で人類の未来に貢献すると判断されたようです。お目出度うございます。 さらに科学的な話題では24日に、グーグルの研究所でいよいよ量子コンピューターが、スパコンの演算速度を超えたというニュースがありました。従来型のスパコンが1万年かかる計算を200秒で終えたと有りました。本当であればこの間、亡くなられた西澤先生に報告ものです。 また、このような歴史的な快挙に生涯二度も遭遇出来たことを天に感謝します。おわりに即位の式典では「一天にわかに晴れ上がり」※ 皇居上空に虹が架かったそうで、天にも祝福されたのでしょうか。この異常とも思われる最近の天候異変に、世界を挙げて取り組む先導者が必要です。両陛下にその希望を託したいとも思います。 ※は誤表現=遠藤周作先生のエピソードから引用です:「一天にわかに掻き曇り」は有り「晴れ上がり」は誤用。 私達も減災やダメージコントロール、そして台風の勢力減衰のための、Co2の再利用でドライアイスや液体炭酸の散布や,ヨウ化銀の散布も有ます。また進路のコントロールには(台風が発生する洋上宇宙に太陽光パネルを置き、発電と人工的に日陰を作る)の発想で知恵を出し合い、技術を上げて明るい未来にしたいと思います。 以上です。

2019年9月8日☆ 阿部監督応援団「寅さんの奥の細道」のこと

本日は阿部監督を囲む初秋のつどいがありました。また、例年のようにジャズフェスともかぶり、なにか、津田団長はジャズフェスに、タイマンを張らなければならないものを持っているようです(笑) そしてここ数年津田さんが連戦連勝中のようです。 そして今回のハイライトはこの12月27日に封切られる松竹の映画『男はつらいよ 50 お帰り寅さん』のプロモーションビデオの素晴らしさでした。 前回も紹介しましたが、この作品のプロモーションには、山田監督の何時になく熱い思い入れがあります。それら20巻のプロモーションビデオを、前回に続き#13から#20までの各8巻を上映して、監督のレクチャーとなりました。 これで前回と併せて全巻を観たわけですが、今回伝えたいのがそのクオリティーの高さと、映画史に残るであろうとの思いです。本編の50本にも及ぶ作品群はもとより、この丁寧な解説ビデオを作ることにより、山田監督と阿部監督は自分達が生み育た子供を見事「立派な成人」に育て上げたと言うことです。 東宝系などでも時々、黒澤監督の特集本を出したりしますが、やはり映像にはかないません「いいものを作ったなぁ」と神に感謝しながら鑑賞をしてきました。 そして監督とは、このプロモーションを台湾や香港にも向けて発信すると、やがてそのファンがインバウンド観光に繋がり、寅さんの舞台やロケ地巡り・聖地巡礼で地方創生や、クールジャパンに役立つことを確認してきました。名付て「寅さんの奥の細道」です。 わたしも当郵映放送で積極的に宣伝したいと話してきました。作品はロングセラーで永久保存版になります。 途中、瀬成田先生から挨拶を頼まれたので、前回約束したアニー・ブゼルの原作原稿が終盤に入り、今年の年末までには、アマゾン・キンドルで出版する予定と、話してきました。小説:『聖なる影 アニー・ブゼル』です。よろしくお願いします。 また、今回も瀬名秀明さんが出席してくれて、前回秘密だった新作を公表してくれました。タイトルは『ブラックジャク』だそうです。ジャンケン抽選で一冊だけでしたが、監督の一高仲間の方が本にサインをしてもらいゲットしました。こちらの作品もよろしくお願いします。
で、ジャズフェスも津田さんに負けじと、益々リキが入って来年が三十周年だそうです。早いものです。幸い天候にも恵まれ、遠来のお客様には面目が立ちました。 ただ、台風の影響で湿度が高いので、太鼓は音出しに苦労したようですが、ホーン系は音がよく響ていました。 あと、三十周年を前に感じたことは、各企業などが積極的、かつ商業ベース的に関わり始めて来たことです。この勢いで、プロを目指すプレイヤーにプラスになることを願うばかりです。 また、聴衆のレベルも上がり、プレイヤーのクオリティー云々も、昔からですが散見され悩ましいところです。 なんせ、第三回目かに愛子の民謡歌手、庄司さんがTBCの協賛で出演して賑わしたイベントです。そのへんの堅いことを言われると私も返す言葉もありません。 まぁ、「暖かい目で、かつ芸事ですから厳しく見守ってください」と言うところです。私はただ音を楽しんでいる感じです、今思えば三十年前に天より「これから更に大スランプの時が訪れるから、この音楽を聴いて慰みにしなさい」と言われた思いでした。それ以来こんなにも慰めて頂き、天と関係各位に感謝してる次第です。 もともと、ジャズはジャム「潰す」で日々理不尽な扱いを受け、毎日、心が潰れる思いをして生きていたニューオリンズの黒人が、たまたま手に入れたトランペットで、楽譜は読めないが、ムシャ クシャした憂さ晴らしにと、正調を潰して即興で吹いたのが始まりです。 だから好きな人は同じような心境の持ち主かも知れないし、嫌いな人にはそれなりに、音の乱れた耳障りなものとしか聞こえません。つまり、ゆるく言えば、その人の経験や遺伝的型質が好みに表れます。私としては、まずは「音楽」で本来的に無限かつ豊かな「音の世界を楽しむ」の趣旨を優先しているところで

2020年9月5日☆ブックエンドのテーマ

  本当は14日ころ仙台ジャズフェスの事を書く予定だったのですが、伊藤さんから「フミ生きてんのか?」と電話をもらい、心配架け申し訳なかったので、少し早めに始めました。   今年のジャズフェスは映像のみとなったので来年書きます。実はラインをもらったのですが、スマホが調子悪く、返事は...