2020年9月5日☆ブックエンドのテーマ

 


本当は14日ころ仙台ジャズフェスの事を書く予定だったのですが、伊藤さんから「フミ生きてんのか?」と電話をもらい、心配架け申し訳なかったので、少し早めに始めました。
 

今年のジャズフェスは映像のみとなったので来年書きます。実はラインをもらったのですが、スマホが調子悪く、返事はおろか、開けることも出来ず、トホホな状態だったのです。

 

わたしとしてみれば、歌中時代から彼やトシさんには、いつも自分のわがままに付き合って頂いて、つねに感謝している次第です。

 

今ちょうど、仮研究室の引っ越し中で何度か歌津に行ったり来たりでした。苦手な梅雨が開けたと思ったら、この暑さで荷物運びもけっこう大変です。  

 

そんな中、先日、簡易な机と椅子を運びこみ、ラジオを聞きながら昼食をとっていたら、68年だったか、サイモン&ガーファンクルが出したアルバムの『ブックエンドのテーマ』が流れて来ました。

 

偶然でしょうか、当事、夏休み中で生家で聞いています。この度の研究室はかつてのわが家の後ろにあった分家の敷地に移しました。津波であたり一帯はすべて流され見る影もありませんが、鎌倉時代から現代まで直系の分家が五軒あり、そのうちの三番目に古い家柄でした。

 

江戸時代に分家になったそうで、この三浦家の上城、北ノ丸に敷地をもらい流されるまで住んでいました。ちなみに、一番古い分家は「向の妻」と言って名足にあります。鎌倉から移り住み最初に出した分家だそうです。わが家が馬場に領地をもらい移り住むので、本陣「仲向」に仕えさせるため、側室さんの子供を残し分家にしたようです。

 

そのため「向の妻」むこうのつま/ムケノツマと呼ばれました。この震災で南三陸町の防災庁舎で最後まで住民に避難を呼び掛けていた遠藤未希さんの上司にあたり「もう駄目だ。避難しょう」と声卦した記録だけ残し、ともに流された三浦毅氏が家を継いでいました。わが家の一番古い分家の当主にあたります。改めて合掌です。

 

また、生家の敷地の西の端にデイノツマという地名があり、ずっと不思議でしたが、こちらも「出の妻」つまり側室さんが母屋から離れ住む所のようです。明治以降この風習は無くなり、わたし達が育つ頃は倉が建っており、父の話では「くらこのおばんさん」と言う方が住んでたそうです。


確かにお墓も改葬前の古い館寺に有りましたが、血縁関係は何に当たるのかは父も分からないと言ってました。面白い話です。今となってはそんなケッタイな家柄に生まれ育ちましたが、このデイノツマこそがわたしの遊び場、不思議なものがいっぱい有るワンダーランド、初期の探究心を育んでくれたフィールドそのものでした。


そしてこの度、その「アブラハムの末裔のための」※「約束の地」に戻り、机の上には参考図書のためのブックエンドを置き、これからのテーマ(研究や創作・事業)の展開を考究する所になりました。
 

こうして話はサイモン&ガーファンクルの「ブックエンドのテーマ」に繋がる訳です。

 

わたしのブックエンドのテーマのラインナップは、高等数学の辞典・聖書・発酵と代謝・有機科学・科学辞書・ギターの教本などの参考書です。

 

※先月、トランプ大統領がイスラエルとUAE・アラブ首長国連邦の和解の労をとり、マスコミは無視してますが、歴史に残る快挙を成し遂げました。いずれいやでも顕在化してくることでしょう。ポール・サイモンもアート・ガーファンクルも二人ともユダヤ人です。

 

※さらにこのあいだ、ポール・サイモンのフェイス ブックから特別会員に選ばれたので、バッチを授与しますと知らせがありました。ポールと同じ時代に芸術活動出来て光栄です。有難うございました。

 

十年前、やがて大洪水が起きるのでノアの方舟を作らなければならない、と天の知らせを予言しましたが、それがあちこちで顕現化しました。そして、わたしも被災後の「約束の地」に戻る事が出来ました。神に感謝です。

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